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ブログはなくならない CMS・モジュール・ブログの関係

TwitterやUstreamによるリアルタイムなメディアの発達が喧伝される一方で、商業サイトでもBLOGOSなどブログメディアは今も立ち上がり続けている。また「Publickey」というブログは、エンタープライズ向けITというニッチな分野ながら月間30万PVを生み出し、個人ブログの域を超えつつある。Web2.0という言葉がほぼ死語と化した後でも、こうしたブログメディアが発展を続けるのは、CMSの重要性が今も変わっていないことを意味している。

サイト運営の上流プロセスを司るCMS

CMSの機能

CMSは「コンテンツマネジメントシステム(Content Management System,CMS)」の略であり、「Webコンテンツを構成するテキストや画像などのデジタルコンテンツを統合・体系的に管理し、配信など必要な処理を行うシステムの総称」である。(コンテンツマネージメントシステム-Wikipedia )Webサイトの運営者はこのシステムを通じてコンテンツ作成やサイトデザインの調整を行う。CMSのインターフェースはコンテンツの作成・管理やサイトのデザインの更新・管理に特化しているため、運営者はhtmlやCSSといったWebサイトの構造に関わる知識がなくともコンテンツを作成できる。


Webサイトを運営する際、重要なのが
  1. 「外部からいかにユーザーを獲得するか」
  2. 「訪問してきたユーザーをいかにサイトの目的に沿って動かすか」
である。
1.「外部からいかにユーザーを獲得するか」は、会員制SNSなどクローズドなサイトを除けば、ほぼSEOとイコールだ。検索エンジンからのトラフィックは、個人サイトでもサイトでも企業サイトでも高い割合を占める。おそらく今後もその傾向は変わらないだろう。
2.「訪問してきたユーザーをいかにサイトの目的に沿って動かすか」は、サイトナビゲーションの設計ということになる。ここでいうサイトナビゲーションは、ナビゲーションバーの見せ方だけではなく、コンテンツの粒度設計やページ遷移構造など、サイト内におけるユーザーのアクション全般に関わる要素を指す。

CMSの重要性

サイトの外に向けた施策とサイトの中における施策。これら2つの要素は、サービス・メディア・個人ブログなどどういった形態のサイトを運営する際にも重要である。そしてCMSは、これらの要素を決定するプロセスの上流に存在する。内部リンクの構築やコンテンツタイトルの仕様、metaタグの設定など、SEOにおいて重要な要素は、CMSによってほぼコントロールできる。逆にいえば、CMSでこうした要素のコントロールが一括してできない場合、個別のページに対して逐一手を加える必要があるわけで、日常的な運用の中で大きな負荷になる。
カテゴリの設定やナビゲーションバーの構築、ラベリングなど、サイトナビゲーションにおいて重要な要素もまたCMS上でコントロールすることになる。いずれにしろ、既存のコンテンツを一括でコントロールし、新規コンテンツを特定の仕様のもと生成するためには、CMSは常に起点となる存在である。

CMSとモジュールの関係

CMSとその概念が普及したのは、ブログの流行と一体である。ブログは、「サイトのソースに触れることなくコンテンツの更新を行える」(内容と構造の分離)というCMSの特徴によって誕生し、爆発的に普及した。さらにブログ用CMSは、モジュール化という魔法にかかっている。モジュール化こそ、CMSにおける最大の武器であり、魚が陸上に上がり進化するための一歩であった。
モジュールとは、相互に独立した機能を持ちつつ全体を構成する要素のことだ。モジュール同士の関係性を決定する上位規定が存在し、モジュールはその規定通りに作用する。逆にモジュールはその規定に従えば、その中身はどういった機能を持っていても全体で動作可能に設計されている。
モジュール化は、イノベーションの良き隣人である。IBMが1980年代、PCのモジュール化により市場の仕組みを変え、その後自らが引き起こしたイノベーションによって市場から淘汰される結果になった例は有名だ。

モジュール化とボトムアップ

またモジュール化したシステムは、ボトムアップ型の組織とも相性が良い。開発から60年経過してなお、世界中の紛争地で第一線級の武器として使われている銃「AK47(カラシニコフ)」(およびその系統)がその好例である。AK47は細かい部品をひとまとめにしたパーツの集合体である。モジュールとそれを統一するフレームでできている。これらは接続部分にねじを使っていない。どういう状況でも、簡単に脱着・修理が容易だ。それまでの小銃は修理に専門的な知識や経験が必要だった。モジュール化することで、知識や経験のない現場の兵士でも(兵士でなくても!)その場で修理が可能になり、ゲリラなど正規の軍隊訓練のノウハウがない組織にも広まった。カラシニコフを持ったゲリラに襲われた少年少女が、戦闘員として組織に入れられ、カラシニコフを渡され数日の訓練の後、ゲリラとして襲撃に加わるという連鎖もこのモジュールの持つ特徴が1つの要因である。

ブログとモジュール

ブログ用CMSもまた、Wordpressなどを筆頭に、オープンソースによるモジュール化がなされている。モジュール化によりユーザーが専門的な知識を持つことなく様々な機能を使うことができるようになった。また技術者は自分でモジュールを作成することもできる。コンテンツを作り情報を発信する者・システムを作る者の両面でモジュール化はボトムアップを促した。「外部からのユーザー獲得」「サイト内部で目的通りにユーザーを誘導する」というミッションが今後もサイト運営において重要視される以上、CMSの重要性は変わらない/増していくだろう。そしてCMSの特性に支えられたブログという情報発信スキームもまた、依然として重要であり、発展する余地がある。

「マトグロッソ」とフリー戦略の行方

限定されたアクセス手段

Amazon.co.jp内に奇妙な「Web文芸誌」が誕生した。イースト・プレス社が今日から運営・創刊を始めた「マトグロッソ」である。

マトグロッソはポルトガルで「深い森」を意味する言葉で、思想家の内田樹さんが命名。森見さんの新作「熱帯」のほか、国立国会図書館の長尾真館長と作家の円城塔さんの対談、作家の伊坂幸太郎さんがその日に楽しんだCDなどを紹介する連載、漫画家・萩尾望都さんのSF小説などを掲載する。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1005/24/news076.html

確かに執筆陣の名前を見ると豪華そうに見える。しかしWebサイトとしての構造はとても奇妙だ。http://matogrosso.jp/ に直接アクセしようとすると、Amazonの「文芸・評論」カテゴリページ( http://www.amazon.co.jp/b/?ie=UTF8&node=466284 )にリダイレクトされてしまう。カテゴリページの右にあるバナーからでないとアクセスできない。りファラーを見てリダイレクトをかけているようだ。TwitterでうっかりURLを流したのだが、僕のフォロワーは何のことだかさっぱり分からなかったことだろう。

奇妙なのはアクセス手段だけではない。「文芸誌」と銘打っているものの、本文はほとんどが画像でできている。要は本文をコピペできない。RSSはあるらしい(2010/05/24 23:15修正 RSSフィードからもAmazonへリダイレクトされる)。

グーグルで「マトグロッソ」というキーワードで検索しても、検索結果にhttp://matogrosso.jp/そのものは表示されない。一応、コンテンツの画像にaltタグで説明は入っているのだが、リダイレクトがかかっていれば検索エンジンで見つけても意味がない。

成功した「フリー」と失敗した「フリー」

http://accelerated-afterimage.com/2010/03/日経新聞「web刊」とリンクエコノミー/ でも書いけれど、紙ベースのメディア会社がネットで少し本気を出そうとすると、こうやって斜め上に行くのはなぜだろう。トップページからアクセスされることを想定しているどころか、特定の経路からしかアクセスを認めない。どういうことなのだろう。

「掲載作品は連載終了後、同社から書籍化を検討する。」と上記のNews記事にはある。もしやクリス・アンダーソン『フリー』を読んでうっかり勘違いしてしまったのか、勘違いした人にそそのかされたのだろうか。『フリー』は基本的に内部相互補助の話を延々しているだけの本である。もしこれが俗に言うフリー戦略である場合、「マトグロッソ」のケースはアンダーソンの分類に従うと「直接内部相互補助」にあたる。つまり無料のものを餌に別の有料の物を買ってもらおうという、極めて古典的なものだ。『フリー』は期間限定ながら本文すべてをウェブから読めるようにした。似たような例に岩瀬大輔『生命保険のカラクリ』角川歴彦『クラウド時代と<クール革命>』がある。『生命保険のカラクリ』はpdfで全文無料配布をした。僕もiPhoneの『GoodReader』アプリに入れて通勤電車の中で読んだ。『クラウド時代と<クール革命>』は、書籍発売までの期間、無料でウェブサイトで読むことができた。

『フリー』と『生命保険のカラクリ』はおそらく成功事例として数えていいだろう。直接内部相互補助は、無料でモノをバラまいて別のもので金を回収する。こういった書籍の場合、ネットで本文を公開し、リアル世界の方で金を稼ぐ。『フリー』は単に無料公開分が宣伝となって売れたわけではない。『フリー』の内容そのものが、ウェブで全文無料公開という自らのプロモーション戦略を称揚しているのだ。理論にして実践。この自己言及的な構造が、『フリー』のヒットをもたらした。『生命保険のカラクリ』は、生命保険という一般的な商品を解説しつつ、ライフネット生命という自社製品のプロモーション・ブランディングも兼ねている。最悪、本が買われずpdfファイルだけ読まれても、会社や保険商品のイメージ向上につながれば御の字だ。一方、『クラウド時代と<クール革命>』はウェブでの無料公開が、単に本の宣伝にしかならない。自らのプロモーション構造を書籍の内部で称揚するわけでもなく、書籍以外のお金のパスがあるわけでもない。

そして「マトグロッソ」の場合はどうだろう。Amazonという書店の中からしか見れないというのは、確かに書籍化した後、本を売るためにはかなり好都合だろう。だがそもそもそれまで読まれ続けるのだろうか? これだけアクセス経路を限定しては、本末転倒な気がする。

日経新聞「Web刊」とリンクエコノミー

日経Web刊が昨日、スタートした。今のところ、「Web刊」というよりも、「PC&携帯刊」と呼ぶ方がふさわしい。インターネットというインフラにはのっかっているものの、これまでWebメディアが活用してきたWebの特性をスルーしているように見えるからだ。

リンクエコノミーからの離脱

日経新聞のWebサイトに飛ぶと、今でも変わらず無料で記事を読むことが出来る。だがWebサイトの構造は、従来のものと少し異なっている。

  • 右クリックが出来ない
  • 同一コンテンツ・別URLの記事が多数存在
  • 記事ページのURL末尾に長いパラメータが付く
  • ソーシャルメディアとの連携機能がない

これらの違いは、Webメディアがトラフィックを集める際に頼ってきた「リンクエコノミー」から距離を置くことを意味している。

リンクエコノミーの概念は、数年前、Web2.0の喧伝かまびすしい頃、よく見られた言葉である。Web1.0の時代は、情報を発信するのはプロフェッショナルか一部の好事家しかいない状況だった。しかしWeb2.0の時代になると、個人でも情報を発信出来るようになった。ページへのリンクをブログに貼り、そのブログエントリーがソーシャルブックマークに補足され、そうしたリンクの動きを検索エンジンが捉えて、さらにトラフィックを増大させる。個人のWeb上での活動が、リンクを増大させ、トラフィックの循環を起こす。だからこそ、メディアはWebの記事を「無断リンク禁止」などと言わず、読者に好きにさせるべきだ。なぜならその方がメディアのトラフィックがふえるのだから。そういうロジックだった。

だが日経新聞のWebサイトは、このリンクエコノミーというトラフィックの経済圏とは別の場所に存在するかのように見える。冒頭に挙げた特徴は、どれも検索エンジンからのトラフィック増加を阻害し、ユーザーによる勝手な引用を阻害し、ソーシャルメディアからのトラフィックを阻害する(いずれの場合も、「できなくしている」わけではない。「ハードルを自ら上げている」だけだ)。

広告依存モデルからの離脱

検索エンジンに対して不利な構造を取る以上、他社と似たり寄ったりの記事を書いてもトラフィックは稼げない。またソーシャルメディアからの流入もそこまで期待できない。自らのブランド力とコンテンツ力に賭けた上でのサイト構造になっている。

マスメディアの危機が叫ばれているが、景気の後退による広告収入の減少という意味での「危機」は、Webも変わらない。Webの広告費は伸びているが、Webメディアが頼ってきた純広告の売り上げは落ちている。「リンクエコノミー」によって、アクセスのサイクルは確立されたものの、その上に立つマネーのサイクルは脆弱だ。

Webメディアは、単純な広告モデルに代わる次のステップを探している。日経新聞のWeb刊は、リンクエコノミーというロジックに基づけば時代を逆行するものだが、単純な広告依存のモデルからの脱出という意味では、最新の実践と言える。

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