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「マトグロッソ」とフリー戦略の行方

限定されたアクセス手段

Amazon.co.jp内に奇妙な「Web文芸誌」が誕生した。イースト・プレス社が今日から運営・創刊を始めた「マトグロッソ」である。

マトグロッソはポルトガルで「深い森」を意味する言葉で、思想家の内田樹さんが命名。森見さんの新作「熱帯」のほか、国立国会図書館の長尾真館長と作家の円城塔さんの対談、作家の伊坂幸太郎さんがその日に楽しんだCDなどを紹介する連載、漫画家・萩尾望都さんのSF小説などを掲載する。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1005/24/news076.html

確かに執筆陣の名前を見ると豪華そうに見える。しかしWebサイトとしての構造はとても奇妙だ。http://matogrosso.jp/ に直接アクセしようとすると、Amazonの「文芸・評論」カテゴリページ( http://www.amazon.co.jp/b/?ie=UTF8&node=466284 )にリダイレクトされてしまう。カテゴリページの右にあるバナーからでないとアクセスできない。りファラーを見てリダイレクトをかけているようだ。TwitterでうっかりURLを流したのだが、僕のフォロワーは何のことだかさっぱり分からなかったことだろう。

奇妙なのはアクセス手段だけではない。「文芸誌」と銘打っているものの、本文はほとんどが画像でできている。要は本文をコピペできない。RSSはあるらしい(2010/05/24 23:15修正 RSSフィードからもAmazonへリダイレクトされる)。

グーグルで「マトグロッソ」というキーワードで検索しても、検索結果にhttp://matogrosso.jp/そのものは表示されない。一応、コンテンツの画像にaltタグで説明は入っているのだが、リダイレクトがかかっていれば検索エンジンで見つけても意味がない。

成功した「フリー」と失敗した「フリー」

http://accelerated-afterimage.com/2010/03/日経新聞「web刊」とリンクエコノミー/ でも書いけれど、紙ベースのメディア会社がネットで少し本気を出そうとすると、こうやって斜め上に行くのはなぜだろう。トップページからアクセスされることを想定しているどころか、特定の経路からしかアクセスを認めない。どういうことなのだろう。

「掲載作品は連載終了後、同社から書籍化を検討する。」と上記のNews記事にはある。もしやクリス・アンダーソン『フリー』を読んでうっかり勘違いしてしまったのか、勘違いした人にそそのかされたのだろうか。『フリー』は基本的に内部相互補助の話を延々しているだけの本である。もしこれが俗に言うフリー戦略である場合、「マトグロッソ」のケースはアンダーソンの分類に従うと「直接内部相互補助」にあたる。つまり無料のものを餌に別の有料の物を買ってもらおうという、極めて古典的なものだ。『フリー』は期間限定ながら本文すべてをウェブから読めるようにした。似たような例に岩瀬大輔『生命保険のカラクリ』角川歴彦『クラウド時代と<クール革命>』がある。『生命保険のカラクリ』はpdfで全文無料配布をした。僕もiPhoneの『GoodReader』アプリに入れて通勤電車の中で読んだ。『クラウド時代と<クール革命>』は、書籍発売までの期間、無料でウェブサイトで読むことができた。

『フリー』と『生命保険のカラクリ』はおそらく成功事例として数えていいだろう。直接内部相互補助は、無料でモノをバラまいて別のもので金を回収する。こういった書籍の場合、ネットで本文を公開し、リアル世界の方で金を稼ぐ。『フリー』は単に無料公開分が宣伝となって売れたわけではない。『フリー』の内容そのものが、ウェブで全文無料公開という自らのプロモーション戦略を称揚しているのだ。理論にして実践。この自己言及的な構造が、『フリー』のヒットをもたらした。『生命保険のカラクリ』は、生命保険という一般的な商品を解説しつつ、ライフネット生命という自社製品のプロモーション・ブランディングも兼ねている。最悪、本が買われずpdfファイルだけ読まれても、会社や保険商品のイメージ向上につながれば御の字だ。一方、『クラウド時代と<クール革命>』はウェブでの無料公開が、単に本の宣伝にしかならない。自らのプロモーション構造を書籍の内部で称揚するわけでもなく、書籍以外のお金のパスがあるわけでもない。

そして「マトグロッソ」の場合はどうだろう。Amazonという書店の中からしか見れないというのは、確かに書籍化した後、本を売るためにはかなり好都合だろう。だがそもそもそれまで読まれ続けるのだろうか? これだけアクセス経路を限定しては、本末転倒な気がする。

Kindleビジネスモデルの比較・まとめ

AppleによるiPadおよびiBookstoreの発表によって、日本でも電子書籍の話題が盛り上がっている。
iBookStoreの日本における対応状況はまだ不透明なままだが、Amazonが展開する電子書籍端末「Kindle」の方は、「今年10月前後」に日本語版書籍のサービスを開始するという情報が出ている。

河内孝「アマゾン・ジャパンでは今年10月前後のキンドル日本語版サービス開始を目指しているという」
http://journal.mycom.co.jp/column/media/046/index.html

Kindleも日本では端末の発売にとどまっているが、アメリカではロイヤリティの引き上げや販売価格を巡る出版社との係争など、こちらも話題に欠かない。
ただ2次情報中心で出回っているうえに、それぞれ断片的なことが多いため、一度ここでKindleのビジネスモデルについてまとめてみたい。

Kindleのビジネスモデル

実はこのエントリーを書くまで勘違いしていたのだが、話題になったロイヤリティの引き上げは、Kindle Digital Text Platform(DTP)という自費出版に近いサービスの話だ。
Engadget Japan 「Kindle DTPは、電子ブックリーダー Kindle やPC、iPhoneなどで読める電子本 Kindle Editionの「自己」出版サービス。」
つまりこれは個人や零細出版社が、自分たちの持っている版権をデジタル化して販路を創出/拡大したい場合のプラットフォームだ。
一方、iPadと競合になるようなケースは、ベストセラーを抱える大手出版社とAmazonの間のやりとりだ。最近話題になったマクミランとの争いはこちらのトピックになる。
通常のAmazon―出版社間の場合と、Amazon DTPモデルの場合、それぞれ最近大きな変化があった。以下にそれをまとめてみた。

通常のamazon―出版社間の場合

先月末、米大手出版社のMacmillanは、Amazonに対して、Kindle上での電子書籍の販売価格を15$に引き上げるよう要求した。

そして交渉の結果、Macmillanの書籍はKindle上での販売上限価格を上げる代わりに、Amazonが売り上げの30%を受け取る「エージェンシーモデル」へと変更された。

Kindle 従来モデルとエージェンシーモデルの比較

Kindle 従来モデルとエージェンシーモデルの比較

つまり、これまでAmazonはベストセラーの電子書籍が売れれば売れるほど赤字を出す状態だった。

河内孝「ベストセラーについて定価を紙製のほぼ半額と固定しているという。店頭28.95ドルの書籍の場合、出版社に14.50ドル程度を支払う。一方、キンドルは価格を平均、9.99ドルに固定しているから一冊売るごとに約4.50ドル損をすることになる。」
http://journal.mycom.co.jp/column/media/046/index.html
大原けい「出版社側にとっては、ハードカバーが売れようが、キンドル版がダウンロードされようが、同じ売上げが懐に入ってくる」
http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/03/macmillan_vs_amazon/
Macmillanは電子書籍市場のすべてをAmazonが掌握されることを嫌ったのかもしれない。ちなみに、iBookstoreも同じ出版社:販売側が70:30のエージェンシーモデルを採っている。

Kindle Digital Text Platform(DTP)の場合

そしてこちらも最近ロイヤリティの大幅な引き上げがあったAmazon DTPの比較だ。
Amazon DTP における従来モデルと70%モデルの比較

Amazon DTP における従来モデルと70%モデルの比較

表を2つに分けたように、エージェンシーモデルと70%モデルは別のプラットフォームの話だと考えた方がいい。想定されているパブリッシャーがそれぞれ違うのだ。
Amazon DTP のロイヤリティを70%引き上げたのはiPadをにらんでという話もあるが、だとするとそれはAmazon DTPのような自費出版に近いモデルをiBookstoreが用意する、という条件が付く。
iPadの発表イベントで登場した大手出版社の書籍と同じレイヤーの話ではない。

国内出版社の対応は?

冒頭に書いた通り、Kindleが日本語書籍をいつ扱うかはまだ正確には判明していない。

日本では取次を介した委託制度によって本が流通しているため、出版社は刷った本をそのまま全て一時的にだが金に換えられる。
佐々木俊尚「日販に総量規制をするという噂について」
Amazon―Kindleが黒船となって、「中抜き」を行うのではという見方もあるが、こうした現状を考えると出版社が今の市場をそのまま電子書籍に移行させることは考えにくい。

Kindleが現在アメリカで収入源としている雑誌や新聞の市場に、どれだけ日本で食い込めるかがカギになりそうだ。(ただこちらも雑誌協会が2年越しの壮大な実験を行っているなど、先行き不透明な材料もある。)

日本雑誌協会 雑誌デジタル配信実証実験「Parara」

http://www.j-magazine.or.jp/parara.html

Kindleに関するTwitter上での最新の情報

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